あひるのえほん
SINCE 2000.9.7


I pray

〜1〜
(溺れる者は溺れる者を救えない)

広くて深い湖に溺れていると言う
足をバタバタさせて、水をゴホゴホ飲んでいる
助けてほしいのかと聞くと 「助けてくれ!」と言う
それで浮き輪を投げてやった
「浮き輪なんかは使いたくない!」
ゴホゴホ溺れているくせに
投げた浮き輪を投げ返してきた
それでロープを投げてやった
「届いてないぞもっと近くに!」
もう1度、今度はうまく投げてやった
「やっぱりロープも使いたくない!」
知らんぷりして溺れている
それでロープを巻き上げると
僕はしばらく座って見てた
彼は黙って溺れ続けた
ゴホゴホバタバタ ゴホゴホバタバタ
「助けてほしいのか?」
もう1度聞くと
「助けてくれ!」
彼は答えた
それでもう1度浮き輪を投げようとすると
「いらない!」
彼は水を飲み込みながら答えた
なのでロープを投げようとすると
「それはいらない!」
僕はあきれて座り込んだ
もう彼を助けられそうな道具は持っていなかった
しょうがないのでただ彼を見ていた
水を飲んでは吐き出し、浮き上がったり沈んだり
バタバタしたり、ゴホゴホしたり
「助かりたいのか?」
聞いてみた
「助けてくれ!」
彼は答えた
けれどしばらく黙って見てた
どうやら彼は必死なくせに、自分からは助けてとは言わないようだ
「助けてもいいのか?」
また聞いてみた
「助けてくれ!」
彼は答えた
「どうしたらいいんだ?」
僕は言った
彼は一瞬動きを止め、頭のてっぺんが水中に沈みかけた頃また浮き上がって言った
「わ、わからない!」
僕はだんだん苛立ってきて、もう1度聞いてみた
「本当に助かりたいんだな?」
彼は答えた 「きっと本当には助かりたいんだ!」
僕は浮き輪を掴むと思いっきり彼の方に投げてやった
「ほらさっさと浮き輪をつかめ!」
彼は言った
「だめだ!それはだめなんだ!それはできないんだ!」
僕は怒鳴った
「いいから掴め!バカ!アホ!上がってきてから考えろ!」
バタバタ、ゴホゴホ、涙、鼻水
「それはできないんだ」
彼の声が静かに言った

広くて深い湖で僕は溺れていた
バタバタゴホゴホ バタバタゴホゴホ
少し油断すると体が沈んだ
体が沈むと水を飲んでしまう
これは本当に死んじゃうなと思ったら
なぜだか必至になった
沈まないように足をバタバタ
少し疲れて水をゴホゴホ
自分がどっちを向いてるかもわかりゃしない
空が見えたり、水の中見えたり
足をバタバタ、ずーとバタバタ
これは本当に死んじゃうなと思った
だからバタバタ必至でバタバタ
まるで時が止まっているように思えた
まわりがやたらと静かに感じた
ん、何か僕以外の物がバタバタやっている音が聞えた
沈みながら浮ながらゴホゴホしながら横を見た
さっきの彼がまだ溺れてる
涙、鼻水、ひどい顔
バタバタゴホゴホ バタバタゴホゴホ
「助け、て、ほしい、のか?」
溺れながら彼が言った
「助け、てく、れ!」
溺れながら僕が答えた
「助け、て、ほしい、のか?」
溺れながら僕が言った
「助け、てく、れ!」
溺れながら彼が言った
それからしばらく二人で溺れつづけた
「助け、て、いいの、か?」
溺れながら彼が言った
「助け、てく、れ!」
溺れながら僕が言った
「助け、て、いいの、か?」
溺れながら僕が言った
「助け、てく、れ!」
溺れながら彼が言った
僕は浮き輪もロープも持ってなかった
彼も持ってなかった
バタバタゴホゴホ2人分
バタバタゴホゴホ2人分
2人の顔は涙、鼻水、ぐしゃぐしゃだ
それからしばらく溺れつづけた

彼は僕を助けることにした
僕は彼を助けることにした
彼が僕の左肩を右手で掴んで
僕が彼の左肩を右手で掴んだ
そんでもって逆の手で逆の肩を
もちろん彼も同じ様に
僕は力の限り足をバタバタ
彼も力の限り足をバタバタ
後はなんにも考えず、なにも迷わず進むだけ
あっちの方へ足をバタバタ
ゴホゴホしてもほっておく
彼も僕も力の限り
あっちの方へ進むだけ
なにも迷わずあっちの方へ
彼と僕とで力の限り
溺れる彼と
溺れる僕で
そう、やり方はずっと前から知っている

陸まで辿り着いたかって?
そんなことなんか問題になるの?


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