あひるのえほん
SINCE 2000.9.7

 

くつ屋さん

あるところに、くつ屋さんがおりました。
くつ屋さんのいる国では、いつもみんなが旅をしつづけて、歩きつづけています。
眠ることもなく、いっときも止まることなく歩きつづけているのです。
足の早い人、遅い人はいるけれど、みんなが同じ方向へ、同じ道を歩きつづけています。
野をこえ山をこえ、みんなのくつはすぐにボロボロになります。
くつ屋はだれかのくつが破れたり、こわれたりすると、その人がいうより早く、
その人のもとへ新しいくつをとどけてあげます。

「ありがとう。」
「いやいや、それより気をつけて旅をつづけるんだぞ。」
「ああ、くつ屋もな。」

そうして、くつ屋はしあわせでした。
ところが、みんなが歩きつづけ、旅をつづけて行くうちに、大きな大きな野っぱらに出ました。
そうすると、だれもかれもがくつを必要としなくなりました。
だって、くつなんかなくても旅をつづけられるんですもの。
それでもくつ屋は、くつのない人、くつがこわれかけている人のところへ行って言います。

「どうだ、このくつはいらんかね。」
「いいや、いらない。そんなものはもう必要がない。」

くつ屋はまたちがう人のところへ行って言います。

「くつがこわれているぞ。さあ、このくつと交換してあげよう。」
「いいや、こわれたらぬげばいいだけの話だ。そのくつはいらない。」

くつ屋のじいさんは呆然としました。
しかも、今みんなが歩いている野っぱらはあまりに大きすぎて、
くつ屋が生きている間ずっと歩きつづけても、まだその先に野っぱらがつづくのです。
くつ屋は思いました。

「この先ずっと、だれもわしのつくったくつを必要としないのだ。」

くつ屋はだんだんうつむきながら歩くようになりました。
下を見ながら歩くので、空が晴れているのか、曇っているのか、
雨が降っているのかさえもわからなくなりました。
だれもくつをはいていないのに、みんなにこにこしながら旅をつづけているのが、
くつ屋の目にうつりました。
野っぱらを歩きつづけて一ヵ月のある日、くつ屋はふと顔をあげ、まわりのみんなに言いました。

「わしは、ここから先へは進まないで、来た道をもどった方がいいと思うのだが、
なあみんな、そう思わないか。」

まわりのみんなはくつ屋の方を見て、そして話を聞きました。
しかし、すぐに、何を言ってるのだろう、そんなことできる訳ないじゃないか、
という顔で、ずんずん前に向かって歩いて行きます。
そして、くつ屋は一人言を言います。

「なぜみんなわしの言うことをわかってくれないのだろう。」

それからくつ屋は、毎日三回づつ同じことを言うようになりました。
「わしは、ここから先へは進まないで、来た道をもどった方がいいと思うのだが。
なあみんな、そう思わないか。」
「なぜみんなわしの言うことをわかってくれないのだろう。」

そんなくつ屋を気のどくがって、くつ屋に話しかける人もいます。

「確かに、あんあたの言う通りかもしれんなあ。」
「おお、では一緒に来た道をもどろう。」
「いや、それはできない。私は前へ歩きたいんだ。」

また別の人が言います。

「あの高くけわしい山をこえたとき、あんたのつくったくつにはお世話になった。
あんたのつくったくつは本当にはきごこちがよかった。」
「そうか、ありがとう。ではわしと一緒にこの道をもどってくれるか。」
「いいや、それはできない。わたしはできるだけ早くあっちへ行きたいのだ。」

野っぱらに入って二ヵ月目、くつ屋は前と同じことを毎日十回づつ言うようになりました。
くつ屋はなぜか歩くのがつらくなってきたことに気づきました。
この国の人たちは、生まれたときから歩きつづけ、旅をしつづけているので、
歩くのがつらいなどという人は、めったにおりませんでした。
この国の人たちにとって、歩くことは呼吸をするくらいのことでしかありません。

野っぱらに入って三ヵ月目、くつ屋は前と同じことを毎日十五回つづ叫ぶようになりました。
このことになると、なぜかだれもくつ屋の近くによらなくなりました。
そしてくつ屋は汗をかいて歩くようになりました。
この国の人たちで、くつ屋の他に歩くことで汗をかく人なんて一人もいませんでした。
野っぱらに入って四ヵ月目、くつ屋は叫ぶことをぴたりとやめました。
くつ屋の頭の中に、ふと「立ち止まる」ということが浮かんできました。
それは、今までくつ屋どころかこの国の人たちのだれ一人しらなかったことでした。
くつ屋はずっと「立ち止まる」ということについて考えつづけました。

野っぱらに入って五ヵ月目のある日、くつ屋はふと立ち止まりました。
立ち止まったくつ屋の横をたくさんの人が通りすぎます。
空は、晴れたり、曇ったり、雨が降ったりします。
風は吹いたり、止んだりします。
野っぱらは優しいみどり色をしています。
雨上がりの朝には、みどり色の上にのった雨つゆが陽の光に反射して
ピカピカとても綺麗な風景をします。
くつ屋は立ち止まりつづけています。









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